私は中小製造業の営業支援を通じてたくさんの営業マンと会ってきましたが、実は価格交渉が苦手という営業マンが多くいます。さらにいうと、そのほとんどは交渉に必要なスキルや技術を学んだことがないそうです。
さて、そこで今回ご紹介するのが「アンカリング効果」。アンカーとは、船のイカリのことです。人は情報が揃っていない時、特定の情報に頼り、それを基準にしてしまう傾向を持ちます。例え合理的ではない情報であっても最初に提示される基準に無意識のうちに強く影響され、その後の意思決定や判断が影響を受けてしまう「認知バイアス」をアンカリング効果と呼びます。
これは心理学系のお話なのですが、ものすごく強力で、おそらく、大手企業の購買担当者であればこの効果のことをよく知って使いこなしている可能性もありますから対抗手段としても知っておくべきだと考えます。
アンカリング効果とはどういうものか
一つの実験をご紹介しましょう。被験者に、世界一高いアメリカ杉の高さについて、次のような質問をします。
「世界一高いアメリカ杉は365mより高いか?低いか?」
「では世界一高いアメリカ杉の高さは?」
→回答平均値=約257m
「世界一高いアメリカ杉は約55mより高いか?低いか?」
「では世界一高いアメリカ杉の高さは?」
→回答平均値=約86m
このように直前の情報(ここでは365mと55m)に影響を受けてしまい、その後の判断に違いが出ることがわかると思います。
引用:「ファスト&スロー(直感と論理)」ダニエル=カーネマン
「アンカリング率( 回答の差÷事前の数値の差)」を求めることもできます。これはおおよそ55%程度になる事がわかっています。
ここから例えば1,000万円の設備を800万円で買いたいという場合、最初の購入希望価格を363万円安い、637万円で出すという目安が得られるわけです。
(1000-800)/(1000-X)=55% X=637
もっとも、交渉に長けている人であれば、別にこのような計算をしなくとも、直感で「落とし所を800万にしたいから600万くらいから話をしようかな」などと考えると思います。いわゆる“カマをかける“というやり方ですが、それを経験や勘ではなく、論理的に置き換えて考えることで、交渉のスキルが身につくというわけです。
実務では「どこにアンカーをおくか?」が重要
私が実際の交渉場面でお勧めしたいのは、先ほどのアンカリング率で示される数字よりも、もっと外れた数字を提示することです。
例えばお客様に買ってもらいたい価格を1万円とする場合、1万2千円などではなく、「2万円でどうですか?」などととんでもなく高い価格をまず口に出してみるという事です。すると交渉相手は無意識のうちにも、その2万円という数字に引っ張られることになり交渉が有利に運びます。もちろんその一言で「ふざけるな!」と交渉が打ち切りになるリスクもありますから、最初に2万円と切り出すのは勇気がいるのですが、それでもとりわけこちらの立場が弱い場合では、勇気を出して最初に有利なアンカーを置いておく事が重要なのです。
これを逆の立場で考えてみてください。交渉慣れした大手の購買担当などは、「ごめんね、うちもお客様から厳しいこと言われていて、なんとかいつもの半額でやってもらえないかなあ」などと、まずとんでもない価格をこちらに提示してきたりします。しかしその情報を聞いてしまうと(うわっ!無理だよ!半額なんて!)と思いながらも、その数字に引っ張られてしまいます。実際に、そのようなとんでもない条件を提示され、あたふたしている営業マンを何人もみてきました。しかしこの知識があれば(あ、アンカリング効果のテクニックを使ってきたな?)と冷静に対処することできるわけです。それと、こういう場合にも、つい「それでは間をとってですね・・・」とやってしまう営業マンがいるのですが、相手の前提条件がとんでもない時にこれをやるとみすみす術中にはまることになります。
そしてこの効果のすごいところは、事前の知識や経験にかかわらず誰しもに作用することにあります。ですから相場や単価がほぼ決まっているような交渉においても効果を発揮する事が分かっていますので、ぜひうまく使いこなして頂きたいと思います。
それでは皆さんに最後に一つ質問です。
「ガンジーは何歳で亡くなりましたか?48歳より上か下か?」
正解は、78歳。
いかがでしたか?
あなたはアンカリング効果の影響を受けずにうまく回答することができましたか?
鬼頭秀彰(きとうひであき)